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排泄ケアについて

2012年3月6日
ユニ・チャーム(株)排泄ケア研究所

高齢者にとっての人間の尊厳とは、「人間らしい生活が担保され、残された人生を充実して過ごすこと」といえるかと思います。たとえ、長生きできたとしても、胃ろうや留置カテーテル、おむつでベッドから離れられない日々を過ごすことになったら、その高齢者にとって、充実した生活や穏やかな人生が残されているのか疑問です。命を救うことが医療の使命であれば、穏やかな生活と充実した残りの人生を支援することが介護の役割といえます。寝たきりになって、生活と人生の楽しみを失ってしまったとすれば、長寿の意義がなくなります。高齢者の「生活機能の維持・回復」、「自立生活支援」が介護の使命であるとしたら、「排泄」は自立生活を成立させる生活機能の根本的なテーマといえます。

排泄障害はトイレが使えない状態像といえますが、そのことに起因して、生活(活動)が制限される、社会参加が制約されるという2次的な障害に問題の深さがあります。

こんな事例がありました。排泄に障害のある女性の高齢者が、リハビリパンツとパッドを使うようになりました。ある日、家族で食事をしていたら、孫娘が「おばあちゃんは、おむつをしていて、汚いから、臭いから、一緒に食事をするのは嫌だ。」と母親に伝えました。お孫さんの母親は「明日から、おばあちゃんのお部屋に食事を運びますから、お部屋でお食事をするようにしてください。」という解決策を選択し、その高齢者に指示しました。ただでさえ、生活の幅が狭まり、人と接する機会が少なくなってきたこの女性にとって、家族は残されたたったひとつの社会だったのかもしれません。そして家族団らんの食事は、大切な社会参加の機会であったのかもしれません。この女性は、家族での食事という「社会への参加」を、排泄障害を理由に、拒否されたことになります。やがて、その方は、部屋に閉じこもることが増え、廃用症候群が進み肺炎で亡くなられました。排泄障害は、高齢者を部屋に閉じ込め、高齢者から、人と接する機会を奪ってしまう障害といえるのかもしれません。

排泄ケアで重要なことは、排泄障害によって奪われてしまうその人の生活(活動)や社会参加に視点をおいたアセスメントです。トイレで排泄できるように支援することだけが排泄ケアの目的ではありません。トイレで排泄できることは手段であって、在宅で穏やかに生活すること、人と接する機会を取り戻すこと、その生活機能を維持回復させる支援が排泄ケアの本来の目的です。

1980年代にイギリスで活躍し、排泄ケアを体系的に確立したクリスティン・ノートンは、排泄ケアの目的を、“Promotion of Contienence”(自立排泄【トイレでの排泄】に向けての支援)と定義しました。おむつを交換することは、介護においてウェイトの高い業務かもしれません。しかし、それは排泄物を処理する作業であって、本来の排泄ケアとはいえません。排泄ケアとは、それぞれの高齢者の残存能力に適した排泄のスタイルを見つけ出し、それを実現するための実践的な活動のことをいいます。ただ、急性期の疾病や終末期のケアで、安静を優先しなければならない状態にある時には、排泄ケアの二次的な目的として、“Management of Incontinence”(快適なおむつ排泄の管理)をクリスティン・ノートンはあげています。おむつでの排泄を余儀なくされた高齢者に対する衛生的管理、快適性の提供が目的になります。一日24時間、すべての排泄をおむつにさせ、ベッド上でおむつ交換するケアは、他に選択肢が残されていない、排泄ケアにおける最終段階でのケアといえます。

排泄障害を少しでも克服すること、最後までトイレを使うことを支援することは、その高齢者の生活や残された人生を守ることであり、人間としての存在を尊守するための挑戦であるといえます。

※本文は、「高齢者 安心・安全ケア」Vol.16 No.1、48~50ページ、日総研出版、2012年春号に掲載された原稿をもとに再編集しました。